特許情報・解析の環境変化とその未来

 国内知財業界最大の見本市である「特許・情報フェア&コンファレンス」が、119日から3日間開催された。リアル会場で行われた特別フォーラム2「特許情報解析の未来 ~解析技術、サービスはどう進化するのか~」に私はパネリストとして招かれた。

 私は、このフォーラムで特許情報・解析の歴史を紐とき、未来を予想する立ち位置から、プレゼンテーションを行った。その時の資料が関係サイトに掲載されているが、ポンチ絵なので解説文があった方が分かりやすいと考え、本コラムにて当日話せなかった内容も補足しながら解説したい。

 

特許情報・解析は時代背景の影響を強く受ける

 特許情報やそれを使った解析に関する環境は、時代背景の影響を受ける。時代背景として、我が国の知財政策やITの進化、社会的要請が要因となって、特許情報の提供者やユーザー、利用目的、解析手法などに変化をもたらす(図1参照)。

 

図1.環境変化の構図

出典:高野誠司特許事務所

 

 過去の環境変化を分析すれば、今日における時代背景から未来の環境変化が読み解けるかもしれない。そこで、平成時代の環境変化を振り返り、令和の時代背景を考察し、今後の特許情報・解析にかかわる環境変化を予想してみたい。

 

平成時代の環境変化

 図2は、平成時代の環境変化の構造を示したものである。平成時代初期の大きな出来事として、特許庁のペーパレス化とインターネットの普及が挙げられる。日本は世界に先駆けて電子出願を開始し電子公報を発行した。インターネットの商用利用が可能になった時期と相まって、民間によるインターネット特許情報サービスが始まり、業界に広まった。

 それまで特許庁の外郭団体が独占的に特許情報を扱っていたが、民間に解放され安価になり、ユーザー層が弁理士やサーチャーなど特許や検索の専門家から研究・開発者に裾野が広がった。また、ビジネスモデル特許ブームによって、非製造業においても特許情報に興味を持つようになった。

 マーケティングツールであったテキストマイニングの技術が知財分野に持ち込まれると、特許情報が競合分析に活用され、表示技術の進化とともにパテントマップの表現形態も変化した。 

 特許情報のユーザー層が広がると、知財部にはより高度な業務が求められるようになり、平成時代終盤には、特許情報を使った解析はIPランドスケープとして発展を遂げた。

 

図2.平成時代の環境変化

出典:高野誠司特許事務所

 

未来の環境変化のヒント

 では、未来の特許情報や解析環境はどのように発展していくのだろうか? 平成時代と同様に時代背景が影響を与えることは間違いない。

 図3は、令和時代の環境変化を予想したものである。一部はすでに変化が進んでいるが、直近での変化の要因となりそうな出来事としては、コーポレートガバナンス・コードの改訂が挙げられる。特許情報は非財務情報ではあるが、オルタナティブ情報(投資判断情報)として投資家も着目し始めている。

 また、SDGsの実現にはイノベーションが欠かせない。ESG投資には特許情報の活用が期待されている。特許情報には発明者情報が含まれているため、人材投資の側面からも特許情報の解析が始まっている。

 さらに、特許審査情報には審査官が他の技術分野から引用した情報が含まれるため、技術の転用・応用分野のマーケティングやM&Aにおける活用が考えられる。

 すぐには思いつかないが、ウィズコロナ/ポストコロナや安全保障といった事象も特許情報や解析環境に何か変化を及ぼすに違いない。

 

図3.未来の環境変化の予想

出典:高野誠司特許事務所

 

馬鹿にされ笑われている出来事がヒントに

 平成時代を振り返ると、10年前までに予想もしなかった変化が起きている。たとえば、平成11年に特許庁がIPDL(現J-PlatPat)を開始した。特許情報が無料で閲覧できるなどとは、昭和時代に誰も想像できなったのではないか。

 私は、平成8年に野村総合研究所在籍中、社内ベンチャー制度を活用して、日本で初めてインターネットを使った特許情報サービスを立ち上げた(現サイバーパテント株式会社)。当時、大きな衝撃を業界に与え、先進的企業では研究者に利用が拡大していったが、営業先、特に大手製造業の特許部(当時は知財部という組織名は稀)からは、「おもちゃみたいだ、インターネットに特許検索式を流すやつなんかいないよ」と馬鹿にされ笑われた。しかし、今ではインターネットを使った特許情報検索は当たり前になっている。

 また、テキストマイニング技術を特許情報に応用し、表示もサーモグラフを模した3次元的な可視化を行った(図4参照)。共起性(関連するキーワードが同一文章に出現する特性)を利用して、関連する単語同士が近くに配置される様にマッピングし、その単語群の下敷きの上に特許をプロットして表現した。赤い部分はその付近の単語に多数の特許があることを意味する。リリース当時、営業先で横軸と縦軸を問われ、「横軸と縦軸には意味はなく、単語間の距離に意味があります。ひっくり返してもよいのです。」と伝えると「横軸と縦軸を説明できないマップなんか使えない。」と一蹴された。しかし、今ではIPランドスケープで多様な俯瞰解析が実践的に行われている。

 

図4.テキストマイニングを応用したサーモグラフ表示例

出典:サイバーパテント株式会社

 

 この様に考えると、今、馬鹿にされ笑われている出来事に特許情報・解析の未来のヒントが隠されているかもしれない(たとえば、動画による特許出願や動画公報など)。

 特許情報やその解析にかかわっている方は、我が国の発展のために、周囲の嘲笑に屈することなく知財業界の変革にチャレンジいただきたい。

 

 ※本コラムはサイバーパテント株式会社のHPとクロスポストしております。

 

高野誠司