SDI(新着情報自動検索)によって競合他社の気になる特許出願が確認されると、ウォッチングに移る。知財業界で「ウォッチング」といえば、競合他社の特許審査や年金納付状況等を定期的に監視する重要な業務を意味する。
事業上障害になりそうな出願については、「拒絶査定になりますように!」と願いながら審査経過を見守り、願いに反して特許になった後は何年にもわたり、「年金が納付されませんように!」と願いながら権利の消滅を待つことになる。
もちろん、致命的な状況になる前に、情報提供や異議申立、無効審判などによって積極的に権利化を阻止することもあるが、相手にその特許が自社事業の障害となっていることを悟られたくない場合も多い。競合他社が、特許の重要性に気が付かないまま出願から20年を待たずに特許維持を断念してくれたらラッキーである。
では、何をもって競合他社が特許の維持を断念し、特許が消滅したと判断すればよいか、本コラムでは、2023年4月1日から緩和される期間徒過後の救済規定を考慮の上、最新の判断基準を示したい。
回復要件緩和の概要と具体例
2023年4月1日から各種期間徒過後の救済規定に係る回復要件が「正当な理由があること」から「故意によるものではないこと」に緩和される。従前は簡単に回復を認めなかったが、今後は「わざとでなければ」認める、ということである。
具体例として、改正前のガイドラインでは「特許管理システムの不具合」が挙げられていたが、今回の特許庁の改正説明会資料には「期限管理ソフトの入力ミス」が挙げられている。換言すれば、第三者が開発し提供するシステムのバグのみならず、ユーザの入力ミスまでも救済する、ということである。ITに詳しくない方でも、前者と比較して後者の発生頻度が桁違いに多いことは分かるはずだ。つまり異次元の緩和といえよう。
回復要件が緩和される手続は多岐に及ぶ。特許法に限らず実用新案法・意匠法・商標法において、期限のある各種手続に及ぶ(今回は要件緩和であって救済対象となる手続は以前と同じ)。
特許管理は自己責任が原則であり、出願人や権利者、それらの代理人の立場で考えれば、手続期間徒過の回復要件が緩和されることは、ありがたい話である。
なお、救済に必要な要件は、理由のほかにも手数料や回復理由書の提出期限(図1参照)等があるので、詳細は特許庁が発行している「期間徒過後の救済規定に係るガイドライン」を確認いただきたい。
図1.回復理由書の提出期限
出所:特許庁
本人は助かっても第三者にとっては迷惑
競合他社の出願段階の手続が救済されても、それほど気にならないだろう。外国書面出願の翻訳手続が間に合わずに救済されたなどは、「まぁいっか」のレベル。優先権主張手続が救済されると、「チェッ」とやや残念なレベル。これらは監視していないこともある。
審査請求期限については重要な監視項目であり、競合他社が救済されると、「がっかり」なレベルではあるが、逆に自分がその立場で救済されれば「ホッ」とするはずだ。なかには認めてほしくない案件もあるかもしれないが、お互い様と割り切るしかない。
しかし、権利発生後の手続、例えば、年金支払手続が救済されると第三者にとって衝撃となる。死んだと思った特許が復活するのは、「そりゃないよ」のレベル。特に、特許管理をしっかり行っている企業や年金管理会社に業務委託している企業の立場で考えれば、甚だ迷惑な救済規定である。
図2.改正前後における第三者の実施判断タイミング
出所:高野誠司特許事務所
もう1年我慢
ウォッチングによって競合他社の特許の年金納付状況を定期的に監視しているなかで、事業上障害になっていた特許の消滅が確認できれば、自社事業の自由度が高まる。
特許については、追納期間(納付期限後であっても半年間は倍額支払うことで権利を回復できる)があるため、年金が本来の期限まで納付されていなくても、半年間は油断できない状態として認識する必要がある。この半年間は追納に理由は不要である。
従来はこの追納期間を過ぎれば一安心であった。改正前はハードルの高い「正当な理由がない」限り、権利が回復することはないため、万が一に備え回復時の影響を確認し、実施の必要性と比較考量の上、実施の判断に踏み切ることもあった。
しかし、今回の改定(2023年4月1日施行)によって、追納期間が過ぎても救済を格段に受けやすくなったため、更に1年間は特許が蘇る可能性が十分にあり、安心できないと考えた方がよい。
救済された特許権の効力の制限は以前と変わらない
追納期間内に手続すれば、権利は遡って消滅していなかったことになるため(特許法第112条)、この間は実質的な権利期間である。第三者が実施すれば、追納後に特許権を行使されるおそれがある。
追納期間が過ぎれば、仮に救済規定によって特許権が回復しても、その間の第三者による一定の実施行為には特許権の効力が及ばない(特許法第112条の3)。ここで、今回の緩和で特筆すべき点は、この特許権の効力が及ばない条項に変更がない点である。つまり、特許権者は救済されやすくなったが、とばっちりを受ける実施者の救済される範囲は据え置きのままだ。
今回の救済理由緩和は、コロナ禍や海外の制度とのバランスのなかで調整されたものと考える。後戻りすることはないだろう。ウォッチングを行っている企業や事務所におかれては、現行法に沿った適切なアクションを行うべく、この機に監視項目や各種期限徒過の判断基準等について一度見直しをされてはどうか。
弁理士 高野誠司