前回のコラムでは、これまでの知財ブームのうち第1次~第3次ブームまでを振り返り、当時の業界の様子や現在に至る影響について考察した。
今回のコラムでは、第4次~第5次ブームについて振り返り、これから巻き起こる第6次ブームの行方を予測したい。
発明対価200億円の衝撃
2001年、中村修二氏が発明時に在籍していた企業を相手に、青色発光ダイオードに関連する特許の発明対価をめぐり訴訟を起こした。請求額は20億円から始まり100億円、200億円と増額され、2002年の第一審中間判決で発明対価は604億円と算定された。職務発明の訴訟であることも注目されたが、それ以上にその金額に世間は驚き、マスコミを賑わせた。
この時点で私も含め多くの知財専門家は、最終的には3桁の億の判決にはならず、適当な額に落ち着くはず、と思っていたに違いない。しかし2004年に200億円の支払いを命じる判決が下り、その後の控訴審での和解勧告で約6億(+遅延損害金約2億円)に落ち着いたとはいえ、200億円の請求が裁判所で認められたのは事実である。
相次ぐ職務発明に関する訴訟が契機となり、2004年、職務発明について定めている特許法35条が改正された。この法改正に伴い、大手製造業各社はこぞって職務発明規程を改定した。
この第4次ブームの特徴は、特許出願数が増えたわけではなく、巨額な発明対価のインパクトによって世間一般の人々に特許や知財を広め、企業内の知財部以外にも知財の意識を広めた点である。当時、職務発明に関する高額な訴訟は他にもあったが、企業における職務発明規程の整備が進むにつれて減っていった。
発明対価をめぐる高額訴訟で記憶に新しいのは、本庶佑氏が共同研究先を相手に262億円(提起時の226億円から増額)の支払いを求めた訴訟である(後に和解)。この事件は、原告自身が所属していた企業を訴えた中村修二氏等の職務発明事件とは峻別すべきである。いずれにしても発明対価は高額になってきている。
知財分析ブーム
2005年頃からテキストマイニング技術の発展によって知財の分析ツールが出回ってきた。2010年頃から知財分析を専門とする会社もいくつか登場した。特許庁が管轄する特許や商標等のデータは整っているため分析ソフトで扱いやすい。
それ以前は、人手によるパテントマップが知財分析ツールの一つとされてきたが、技術の進歩によって大量のデータをテキストマイニングやAIで処理できるようになった。
時は、リーマンショック後で、知財は「量より質」と言われた時代である。限られた予算のなかで効率的に知財ポートフォリオを構築する上で、知財分析ツールは効果が期待され、企業の知財部の間でブームになる。大学では、知財分析に関する各種論文が発表された。
2017年に特許庁が公表した「知財人材スキル標準」においてIPランドスケープの文言が記載された。IPランドスケープは、知財データとそれ以外の例えばマーケットデータなどを組み合わせて、経営に資する分析や知財戦略を策定するための手法である。知財部門と経営との間のコミュニケーションツールとしても期待されている。DX(デジタルトランスフォーメーション)ブームとの相乗効果によって、現在もこの第5次ブームが続いている。
コーポレートガバナンス・コード改訂で経営層に火が付く
2021年に発表されたコーポレートガバナンス・コード改訂により、「知的財産」の表現が初めて盛り込まれた。上場企業には「知的財産への投資等」に関する情報開示が求められ(補充原則3-1③)、「取締役会は」これを「実効的に監督を行うべき」とされている(補充原則4-2②)。
知財担当役員は、「知財部長に任せている」では済まなくなる。社長をはじめ取締役会を構成するボードメンバーは、知財に無関心ではいられない。コード改訂によって、企業における知財投資の情報開示が強制され、経営層は否応なしに知財の情報に敏感になる。
今回のコード改訂が、IR(インベスター・リレーションズ)の一環として企業が発行している「知的財産報告書」の二の舞になるのではないか、と心配の声もある。平たく言えば、義務的なやっつけ仕事になる、と危惧する意見である。
また、企業の知財部としては、プレゼンスを高めるチャンスである一方、心配事もある。コード改訂に伴い2022年1月に公開された略称「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」では、「無形資産」にまで対応範囲が広げられ、顧客ネットワークやサプライチェーンなど、知財部では扱ってこなかった内容が含まれる。経営企画部や他の部門と協力して対応するとしても、知財部が主体となって進められる範疇を遙かに超えているのである。
知財ガバナンスの注目は、前述のIPランドスケープなど知財分析ブーム(第5次ブーム)のブースターとなって、第5次ブームにこの第6次ブームが重なり、今後大きな「うねり」になることが考えられる。
知財ブームの積み重ねによって知財への関心は高まる
第1次ブームによって知財情報のユーザーの裾野が広がり、第2次ブームによって知財に関わる産業分野が広がり、第3次ブームによって大学や公的機関に知財の重要性が浸透した。
第4次ブームでは世間一般の人々が知財に関心を持ち、第5次ブームでは知財専門家の活躍の場が深く広くなった。いずれのブームも、その後一定水準の定着がみられる。
その根拠の一つとして書店における知財の扱いが挙げられる。私が事業を開始し、弁理士を目指して勉強をし始めた頃、街角の書店に特許や知財に関する書籍はまったくなかった。1996年頃、新宿の紀伊国屋書店や東京の八重洲ブックセンターなど大型書店にも行ったが、知財に関連する書籍は数冊程であった。
ところが、現在は小さな書店でも知財に関連する書籍を見つけることができる。大型書店に行けば専用の棚があり、弁理士試験の過去問集が平積みされていることもある。店舗自体が大きくなっているわけではない。書店で占める割合と世間の関心の高さには正の相関関係があるはずだ。
前回のコラムでも書いた通り、一過性の物事を意味するブームの表現は必ずしも正しくないが、知財ブームを積み重ねていくことで、確実に知財の存在感は増していくに違いない。
※本コラムはサイバーパテント株式会社 のHPとクロスポストしております。
高野誠司