社内ベンチャーの要諦(募集編)

 前回のコラムでは、社内ベンチャーの担い手、つまり社内ベンチャーに応募する社員側の立場における要諦についてまとめた。今回のコラムでは、社内ベンチャーを支援し、制度を運営する会社側の事務局や経営企画部門における要諦についてまとめてみた。

 前回のコラムで記載した通り、私は野村総合研究所で社内ベンチャー制度に応募し起業したことから、審査委員として声がかかることもある。これらの経験から、社内ベンチャーを成功に導くポイントについて具体例を挙げながら解説する。

 

 社内ベンチャーは挿し木の様に見守る

写真はクルシアロゼアの挿し木

 

募集期間を設ける

 社内ベンチャー制度を立ち上げるからには、最低でも5年は制度を維持してほしい。制度があって初めて、ビジネスアイデアを練る気になる者もいるだろう。また、応募前に市場調査を独自に行い、裏をとってから応募したい者もいるだろう。募集に応えるための企画書が整うまでには相応の時間がかかる。逆に言えば、制度を立ち上げて直ぐに応募される企画は、脆弱なビジネスモデルであったり、市場調査が甘かったりすることが多い。

 そして、募集期間は通年よりも集中期間を年に1~2回設けた方がよいだろう。企画書を仕上げる目標期日があった方がよい。事務局担当者としてもフェーズの異なる複数のプロジェクトが乱立するより、募集を一定時期で区切って、横比較しながら審査・選抜をした方が効率的である。

 ここでポイントになるのが、募集期間外の問い合わせ対応である。門前払いする前に応募しようとしている者と面談した方がよい。筋が悪そうな企画であれば、「募集期間にお願いします。」の対応でよいとして、筋が良さそうな企画であれば、次回の募集期間までにブラッシュアップすべき点を指摘するなど支援するとよい。また、直近で締め切った応募企画がパッとしない案件ばかりであれば、期間外の案件であっても、例外として受け付けてよいと考える。

 筋の良い企画は、いつ発生するかわからない。特に、募集期間外にわざわざ問い合わせてくるからには、気持ちが乗っている、あるいは何等かの覚悟(退職前にダメ元で問い合わせなど)がある場合もある。この様な応募者は猪突猛進することがあり、周囲のサポート次第で大化けする可能性がある。

 

募集対象者は広く

 応募資格は、社員の職種や職位で制限をかけない方がよい。幅広くユニークなアイデアを募集するためには、応募者の範囲も広げた方がよい。職種や職位、年齢、性別によって思いつく市場やビジネスアイデアは異なる。また、会社間契約などに問題がなければ、グループ会社社員にも資格を付与するとよい。

 一方で、派遣社員や委託社員は対象外である。これらの社員からアイデアを見聞きすると、知的財産上の問題に発展するおそれもあるので、各種規程が及ぶ範囲の社員に限定する。

 

エースに声をかけない

 社内ベンチャー制度を成功させるため、あるいは初回募集期間にある程度筋のよい応募が集まるよう、事前に目を付けた社員に打診することが考えられる。その行為自体は悪くないが、エース級の社員に声をかけてはならない。

 もちろん、声をかけていないエース級社員の自主的な応募は大歓迎であるが、エースと自覚のある社員の立場で考えると、会社の王道を歩みたい。社内ベンチャーは事業をゼロから立ち上げていくことになるので、いわば会社の亜流としてスタートすることになる。将来の保証もないに等しい。エース級社員に声をかけて応募を促しても、既存ビジネスの延長上にある企画であったり、あるいは本気で取り組もうとしなかったりする。

 逆手に考えると、打診するならレールから外れている社員や、会社を辞めそうな社員がよい。本人にとって逆転のチャンスになり、あるいはダメ元での思い切ったチャレンジが期待できる。

 

対象ビジネスの制限は狭く

 社内ベンチャーの期待の一つとして、経営者が思いつかないビジネス展開が挙げられる。したがって、対象ビジネスは極力絞らない方がよい。ただし、既存事業のストライクゾーンや、大口顧客の類似ビジネスなどは避けたい。説明するまでもないが、前者は、担当すべき事業部で実施を検討すればよい。後者は、会社としてリスクを背負う。仮に大口顧客と競合関係になってでもやりたいビジネスであれば、それは社内ベンチャー制度の範疇を超えた経営マターである。

 そして、会社イメージやブランドを棄損させるようなビジネス、反社を想起させるようなビジネスは避けるべきである。また、会社の強みや経営リソースを全く使わないビジネスも避けたい。おそらく社内ベンチャー制度を設置する規模の会社は、社員人件費が高いため、会社の強みを活かさなければ、コスト競争に巻き込まれ負けてしまう。

 微妙なケースとして、会社のカラーに合わないビジネスをどうするか。むしろよしとするか否かはケースバイケースである。いずれにしても、制度趣旨に相応しくない企画は、審査で落とせば済むので、募集時点で対象ビジネスを狭く設定しない方がよい。ただし、明らかに禁止したいビジネス(過去に顧客から苦情があり頓挫した企画など)は掲げておいた方がお互いに無駄な時間を使わなくて済む。

 

経営企画部が募集主体となって制度趣旨を明示する

 企業における社内ベンチャー制度の運営主体として、専門の部署を新規に創設することも考えられるが、経営企画部か研修部が母体となることが一般的である(組織名称は会社によって社長室や人材開発部などの場合もある)。

 会社が本気で新規事業を模索するのであれば、社長に近い組織である前者がよいだろう。アントレプレナー(起業家)を育成し、将来の幹部候補の経験値を上げたいのであれば後者も考えられるが、その様な趣旨による社内ベンチャー制度は、「ごっこ」の域を超えず、お勧めできない。アントレプレナーを研修で育成しようなどと思わない方がよい。起業し成功する者は、潜在的に素養があることが多い。

 ここで重要なのは、制度の出口をきちんと募集時に示すことである。社員が人生を掛けて挑み、企画も優れているにもかかわらず、いざ本格的に事業を着手しようとした際に、人材育成が主眼であって事業化予算がない、社長が決済できない、となっては社員に失礼である。

 本気で企画・応募させるのであれば、将来の会社設立、場合によってはMBOやIPOの可能性まで踏み込むと夢がある制度になる。

 そして、人事部の役割が重要となる。企画が通った後、市場調査や事業に専念させるため、応募者を既存部署から引き剥がす必要がある。企画が通るような人材であれば、重要なプロジェクトに就いていることも多い。空いた穴を補充しなければならない。

 

審査員の構成

 社内ベンチャー制度をスタートするにあたって、応募企画の審査体制をどうするか。一次審査は運営主体の担当者や管理職でよいとして、篩にかける審査委員には、社内ベンチャー経験者が数人入っているのが理想であるが、制度を開始した当初は、社内に成功者がいない場合がある。会社の命によって新事業を成功させた(ベンチャーではない)者に白羽の矢が立つことがある。悪いことではないが、経験者というより有識者の位置づけになる。代替案として、外部から社内ベンチャー経験者を審査委員に招聘するのもよいだろう。社内の柵(しがらみ)がなく、第三者の立場での純粋な意見が期待できる。

 経理財務部門の者など数字に強い審査委員がいた方がよい。また、社長と普段から接する機会の多い経営企画部長または担当役員がいると尚よい。社長の考え方や信念に沿わない企画は、最終的に決済が下りない、あるいは経営会議を通らないことになる。

 一方、審査委員の部下から応募があった場合、当該委員は対象審査からは外した方がよい。審査通過=部下異動、の構図になり、足を引っ張る可能性がある。少なくとも、採点や採決などの投票権は与えるべきではないと考える。

 審査(会議)は、何段階かあってよい。その方がビジネスモデルはブラッシュアップされ、応募者の覚悟や素質も確認できる。ただし、最終的に審査が熟した段階で、事業開始に踏み切るかどうかの判断は、会社として責任をとる者(=社長)、または経営会議で決裁すべきである。応募者や募集者からすると、会社の正式なプロセスを経て事業を開始した、いわばお墨付きがほしい。

 

外部有識者による社内セミナーはほどほどに

 社内ベンチャーに興味をもってもらうため、あるは示唆を得るため、外部から経験者など講師を招き社内講演会やセミナーを開くことがある。研修としてはよいが、有望な応募者を増やす手段としては期待できない。

 社内ベンチャーに応募し最終的に成功する者は、他人の成功体験より、市場に興味があり、こういった研修には消極的である。むしろ起業後を見据えた経営戦略等に興味がある。

 そもそも、社内研修やセミナーでアントレプレナーは育たない、というのが私の持論で、社内ベンチャー制度は、社員の潜在能力を顕在化することに意味があると考える。

 つまり、起業できる者は発掘するのであって、起業家精神を育成することは難しいと思う。幼少期の家庭環境が大きく影響し、学生時代のバイト経験が最後の刺激ポイントになろう。中途社員であれば、前職の経験を活かせる可能性はあるが、いずれにしても、社内ベンチャーで成功する素養は、後天的に育てることはできない先天的なものと考えた方がよい。繰り返しになるが、社員の潜在能力をいかに顕在化させるかが制度設計上の重要なポイントとなる。

 

アイデアよりも市場、市場よりも実行力

 審査のポイントは、アイデアよりも市場が重要である。将来的な売上や利益の貢献が求められるのは当然である。大前提として、コンプライアンスに反しないビジネスであり、会社の強みが活かされ、制度趣旨に反しない企画である点は外せない。

 市場を確認するには、「誰からいくらもらうのか?」という質問が有効である。たとえば、大企業でよく応募があるのは、学習支援に関する企画である。自身の子供の受験支援などの経験から、「こういった塾やツールがあればうれしい」という発想・アイデアである。保育に関する企画も多い。自分が苦労した経験からの発想・アイデアである。

 この様な企画に対して、「誰からいくらもらうの?」と質問すると、「困っている人が多いから、それなりにとれる」と曖昧な回答があったりする。「困っている人がどこに何人いて、月額いくらとれそう?」と具体的に質問すると、「各駅で100人、月1万円」などと回答がある。そうすると10駅で展開しても月商1千万円であり、個人経営ならまだしも企業の事業としてはかなりショボい。前回のコラムに記載した通り、事業規模として年商数十億円は目標としてほしいところである。

 そして、市場よりも実行力、応募者のやる気や覚悟が重要である。審査の段階で、理論的な説明ができるに越したことはないが、審査委員からの意地悪な質問に対して、冷静に応答できることも重要である。事業を開始すれば、万難が待ち受けている。それらを乗り越えるには、アイデアや市場があっても、突破力が重要になる。そういった素養も初期の審査段階からみておきたい。

 

事業が上手くいってから人事的な評価をする

 審査が通った後や、事業を開始してからの留意点についても触れておこう。

 応募した段階はもちろん、審査通過直後も人事的な高評価は与えない方がよい。応募者周囲の社員にも配慮が必要である。応募者が抜けた穴埋めや既存事業の収益によって社内ベンチャー制度は成り立っている。会社のリソースを活用するため、応募者が早い段階で高評価されると、本人にも周囲に対しても良い影響を与えない。

 ただし、事業に成功し、会社にキャッシュフローをもたらす段階になれば、掛けた覚悟に相応しい高評価が必要である。

 一方、審査段階で、あるいは事業開始後に上手く行かなかった者は、適当なポジションに戻して、人事評価は極端に下げるべきではない。

 当然ながら、本人の怠慢や市場調査不足、推進能力の欠如が原因で事業が頓挫した場合には、相応の低い評価で構わない。

 

新会社の社長を本社から送り込まない

 事業が上手くいって分社化、あるいは新会社設立の運びとなったときに、当事者が若いからといって、本社から新会社の社長を送り込んではならない。それでは夢がない制度になり、応募者が激減する。ガバナンスや会計の観点から、社外役員や監査役として本社からお目付け役を送り込むことはむしろ重要であるが、社員の成果を会社が横取りするような真似はしない。ただし、資本金を提供することによって新会社のオーナーになる権利は会社にある。

 

社内ベンチャーは、挿し木のようなもの

 挿し木は、土に刺し水だけ定期的に注ぎ、後は放っておくのがよい。社内ベンチャーも同じである。やると決めたら、予算を与え、暫く任せておく。経営側の忍耐が試される。「芽はまだか? 根はまだか?」といって確認ばかりしていたら、いつまで経っても芽は出ず、いずれ腐っていく。

 

本社の重要な役割は有事のブレーキ

 やる気に満ちた当時者は、企画を前に進めたい。本格的に事業を開始すると、競合との差別化などで想定外の追加資金が必要になることがある。本社は追加資金の投資対効果を審査し必要に応じて資金を注入する。そして、当事者はアクセルを踏む。

 しかし、事業が上手く回ると、当事者の判断が正しい、といった評価が根付いてくる。本社は徐々に口出しし辛くなってくる。前述の「挿し木」の通り、上手くいっている間は放っておいた方がよいが、明らかに失敗に向かって突き進んでいる場合や、コンプライアンス上の懸念がある場合のブレーキは、第三者的な立場で本社や親会社がしっかり踏む。

 

撤退基準を明確にする

 事業開始を経営会議で判断した場合、その後計画通りに進まなかったときの撤退の判断が難しくなる。当事者が白旗を揚げれば撤退の判断はしやすいが、当事者が諦めないと、資金は減り、本人も精神的に辛くなっていく。事業が計画通りにいかないことは世の常であり、チャンスが遅れて訪れることもあるので、早すぎる判断はよくないが、一定の撤退基準を予め設定しておくことが関係者にとって後々よい。

 たとえば、開始から5年以内に単年度黒字にならなければ撤退、などは分かり易い基準である。単月基準にすると現場で細工する可能性があるので留意する。また、一旦軌道に乗って新会社を設立にした後、債務超過になった場合は、どの程度まで資本注入するか、一定のルールを新会社設立前に決めておいた方が、関係者の納得感は得やすい。

 

挑戦する社員を応援しよう

 社内ベンチャー制度には、「ごたごた」がつきものである。人事異動や評価、他部門とのカニバリズム(共食い)、そして応募が弾かれたことを契機に優秀な社員が退職する。また、起業後においても、更なる飛躍を目指して外で勝負したい社員が出てくる。

 こういった問題は、早晩そうなる運命だったと割り切って、社員を応援してほしい。社内ベンチャー制度がある企業には活気があり、優秀な人材が集まってくる。社内ベンチャー制度がきっかけで外に出て勝負しようとする社員は気持ちよく送り出してあげよう。

 

起業家・弁理士 高野誠司

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