SDIは、Selective Dissemination of Informationの略称で、新着情報の自動検索・配信を意味する。知財業界でSDIといえば、新規に発行される公報を対象に、予め設定した検索式で自動検索を行い、その結果を定期的に入手することを指す。入手した新着情報は、必要に応じて社内分類やコメントが付されて組織内で共有される。監視が必要な出願や特許を発見すればウォッチング登録をする。これら一連の流れがSDI業務である。
本コラムでは、SDI業務において留意すべき点について、具体例を挙げながら解説する。なお、特許に関するSDIの内容に特化し、通常の検索と共通する留意点は割愛する。
研究者が陥る検索項目の誤り
「A株式会社の発明をB特許事務所が出願した。」この表現について、一般の方は違和感を持たない。しかし、法人である株式会社Aは発明者にはなれず、B特許事務所は代理人として手続きをしたのであって、出願人はA株式会社である。
知財業務に接することが少ない研究者もこの様な誤解をして検索項目を誤ることがある。以前に特許検索サービスのIDを広く研究者に配布している大手企業から、SDIに設定された検索式の一斉点検を依頼されたことがあるが、複数の研究者が「発明者」の項目にライバル会社名を設定していた。そのほか、IPCとFIの誤設定も散見された。
通常の遡及検索であれば、結果がゼロになり検索項目の誤りに気がつくことがあっても、SDIだと結果がゼロであることも多いため、誤りに気がつかないまま時が過ぎることがある。
研究者に広くIDを配布して個別SDIを認めている企業では、定期的に知財担当者が個別SDIの設定内容を点検することをお勧めする。
再公表の穴埋め
日本への特許出願ルートはいくつかある(表1参照)。以前は、国内の特許出願を網羅的に確認するために、公開公報と国内公表と再公表を検索対象に設定すればよかった。しかし、2022年から特許庁は再公表の提供を停止した。
表1.日本で特許になる可能性のある出願ルートとその国内開示手段
注意:表は、典型的なケースを示したものである。日本企業が外国語で出願することや、外国企業が日本語で出願することもある。外国語で直接出願した後、翻訳を提出する外国語書面出願制度もある(特許法第36条の2)。なお、「出願言語」は、最初の出願言語であって、国内公表や公開公報は日本語である。
SDI業務で網羅性は重要である。情報を漏れなくタイムリーに取得することが求められる。民間サービスの多くは独自に再公表を穴埋めするコンテンツを提供しているが、再公表を代替するコンテンツを用意していないサービスを使用する場合は、国際公開の情報で補足するなどの対応が必要である。
共同研究相手による冒認出願を検知
特許を受ける権利のない者による出願を「冒認出願」という。平たく言えば「パクリ」のことである。冒認出願の多くは、共同研究が絡んでいる。本来、共同出願すべき発明を抜け駆けして単独で出願するケースや、共同研究の契約終了後に共同研究の成果である発明を単独で出願するケースなどである。
同業の企業同士による共同研究であれば、普段から相手企業をSDIに設定すると思うが、意外と業種が異なる相手、例えば、顧客が共同研究の相手だと設定しないことが多い。素材メーカーが完成品メーカーと共同研究する場合などが該当する。
企業と大学の産学連携を含む、業界が異なる者同士の共同研究においては、浮気は起こり得る。また、浮気ではなく、相手が自社の領域まで研究を「そっと」始めることもあり得る。
いずれにしても、共同研究相手や共同出願相手との共通テーマについては継続的に情報を取得し確認しておいた方がよい。
盲点の自社設定
ほとんどの知財担当者は自社をSDIに設定していない。自社の知財は知り尽くしている自負があるのだろう。しかし、特許出願した(あるいは特許になった)内容が公になったタイミングをタイムリーに知ることは重要である。
出願人や権利者の検索項目に自社名を設定しておくことはもちろん、明細書や公報全文を対象とした検索項目にも自社名を設定しておくとよい。例えば、他社の明細書の中で自社製品やホームページを引用された事実を確認できる。
競合の社名変更は忘れず対応
2022年1月1日から2023年10月1日までの間に商号を変更した企業は、プライム市場に上場している企業だけでも59社ある(表2参照)。この中には、特許出願を多数している企業が含まれている。
表2.プライム上場企業商号変更一覧
(2022年1月1日~2023年10月1日)
出所:JPX 商号変更会社一覧から高野誠司特許事務所が抽出
SDIで設定している企業が社名変更した場合には、当然SDIの設定内容を変更する必要がある。名寄せ機能があったとしてもタイムラグがあるため当てにしてはならない。
ここで、単純に新旧社名を入れ替えるのではなく、追加(orや+で追記)することが肝要である。出願から公報発行まで期間があり、また出願後に社名変更があっても名義変更届が出ないまま公報が発行されることも多い。
そして、特許出願から公開公報発行まで1年半あるからといって、「そのうちやる」は禁物である。審査中に名義変更届が出されることが多く、その場合は新社名で公報が発行される。
お手紙の相手を設定
しっかりSDI業務をしていれば、同業者からお手紙(警告状)が届いても、想定内として予め検討しておいた対抗手段に基づき攻守の態勢に直ぐに移行できる。しかし、個人発明家やノーマークの中小企業からお手紙が届いた場合、不意打ちを食らうことが多い。
相手が次の手を打ってくることは予見できるため、SDIに設定をすることになる。ここで留意すべき点は、こういった相手は背後にどの様な組織が関係しているか分からないため、広く情報を入手することである。特許出願がほとんどない会社であれば、技術を特定せず、単純に出願人や権利者でSDIを設定する。
そして、お手紙で特定した特許公報に記載された発明者も設定しておくとよい。もちろん、過去の情報についても遡及検索する。筆者の経験上、発明者を糸口に思いもよらない関係者が見えてくることがある。
試し検索で最適化
SDI業務は、限られた時間内で処理しなければならない。定期業務であるため、次の周期に前の業務が残っているとスタックする。
一般的にSDI業務だけを専ら担当している者はいない。情報の鮮度を維持するためにも、半日程度で捌きたいところである。大企業ではSDI業務の分業が進んでいるが、各担当者が半日程度の業務時間に収まるようにするのがよい。
特許公報は、人間一人の処理能力を遥かに超える数が発行される。SDIの検索式は適当な件数が配信されるように設定することになる。統計情報を取るための検索式はよいとして、結果の中身を目視する検索式については、許容時間内に処理可能な件数になるよう調整する。
そのためにも、SDIの検索式を設定する際に「試し検索」をするとよい。例えば、20年分を検索して1000件程度であれば、週当たり平均1件未満に相当する。もちろん、年ごとに偏りもあるため、直近1年の件数も確認するとよい。こういった確認をすれば、前述した検索項目の誤った設定や、競合会社の社名変更に気が付くこともある。
長年使い続け、件数が多くなってきたSDIの検索式は、更なる絞り込みなど見直しが必要になる。一方で役目を終えた検索式もでてくる。いずれにしてもSDI業務は定期的な点検が肝要である。年末の大掃除として総点検を行い、良い年を迎えてはどうか。
弁理士 高野誠司